2003年度オープン教育センター設置科目「全地球史T」
私の地球観
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このページの内容は、2003年度オープン教育センター設置科目「全地球史T」を受講した後に受講生がもったそれぞれの地球観について最終課題(2)として提出されたものをまとめたものです。参考に、第1回授業の課題として提出された授業第1回目の感想(2)とこの科目への期待(3)を掲載してあります。 |
政治経済学部1年 E.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.地球の青くてきれいな様子に思わず魅了されてしまいました.他のどの惑星と比べても地球の美しさは秀でていると改めて感じました.先生もおっしゃっていたように,私は自分があの中にいるということを忘れていました.そんな当たり前のことを忘れてしまうほど,人間というのは地球に比べたらちっぽけなものなのだと思います.人間がどんなにおごって高い文明を築き上げても,ひとたび自然が牙をむけば,それは一瞬で崩れてしまいます.人類は文明を築き上げては滅びまた築き上げては滅びという歴史を繰り返していますが,地球の長い長い歴史の中ではそんなものはたいして問題にならないのでしょう・・・.ビデオの最後では環境問題について触れていました.最初の方の映像では青くて美しい様子しか見ていなかったので,砂漠化の進行や森林伐採の映像は見ていてとても痛々しかったです.私は個人的に地球というのはゆったり,そして堂々としているというイメージを持っているので,地球の痛々しい姿は見たくはありません.自分も環境破壊をくい止めることに少しでも役に立てたらいいなと思いました.
3.私はこの講義を通して,大きな視点で物事を考えられる能力を身につけたいと思っています.私はこの地球に生まれてこれて本当によかったと思います.でも地球のことをあまりにもしらなすぎなような気がします.いつ,どうやって地球が誕生し,どのような歴史を経て現在に至っているのか,そんなことを勉強することで,もっともっと地球のことが好きになれそうな気がするし,大きな視野を養うことが出来るようになるきがします.
私の地球観
今でもこの講義の一番はじめに見た,現在の地球の様子のビデオをよく覚えています.あの時はたしか青くてほんとにきれいだなぁという印象を受けた気がします.その気持ちは今でも変わっていません.しかしあの頃はまだ地球のことを,人間中心に考えていたと思います.今までは地球の歴史に対してあまり知識がなく,歴史を勉強しても人間の営みを中心に学んできたのでそれもしかたなかったのかなとも思います.
地球が現在の状態に至るまで,本当に長い年月を費やし,いろいろなことが起きていたんですね.時には偶然の産物もあって今こうして生命が宿る星になっている・・・すごいことですよね.大気の形成にしても,生命の誕生にしても,さまざまなことが作用しあって,どうしてこんなにうまくいったのだろうと不思議になることもあります.しかしその不思議さをとても面白く感じてしまうのは私だけでしょうか.
私はこの講義を通して大きな目をもてるようになりたいと思っていました.地球がゆっくりと確実に進化していく様子を学んで,前よりかは大きな目で物事を見れるようになったと思います.
たった4ヶ月の講義でしたが,私にはとても充実したものでした.私は政治経済学部ですが,そっちの授業よりむしろ一生懸命聞いていたきがします.先生がはじめにおっしゃった学問に文系も理系もないというお言葉,私も大賛成です.大学に入ってから学ぶことが専門的になりました.それはそれで重要なことですが,それだけではなく,自分が少しでも興味があったら,学ぶことも大切だと改めて思いました.
そして,この講義を通してなにより身についたこと,それは地球に対する愛着です.尊敬の念,感謝の念などの気持ちと結びついて,本当に地球が好きになりました.これからは地球をもっと大事にできる人になりたいです.
4ヶ月間という短い期間でしたが,興味深い授業ありがとうございました.
法学部4年 M.A.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.私は今まで自分という存在と地球,更にその先に広がる宇宙とを結びつけて考えていなかったことに気づいた.自分という存在はたった21年の存在なのではなく,約40億年続いていることの結果であることに気づいて驚いた.地球が終わるのも不思議な気がした.ビデオはひたすら青い地球の美しさに感動した.私は大きい宇宙の太陽系の中の地球の中の小さい存在なんだという事を感じた.そんな小さい人間が,時間をかけて偶然が積み重なってできた地球を排気ガスや焼き畑農業でこわしているのはとんでもないことだな,と感じた.サンフランシスコの地震も詳しく説明されていてよかった.地震も地球の活動なのだな,と思った.
3.私は昔から「地球大紀行」などのテレビ番組が好きで,この授業はそういったビデオを見られる事にひかれた.地球の仕組みや出来方は中学の理科で学んだだけで,基本的な事しか知らないけれど,興味を持った分野だったので,是非この機会に勉強してみたいと思い履修した.ビジュアル的に理解しやすい授業だと嬉しい.ビデオも沢山見たい.この授業を通して,私も地球に住む生物として,地球の事をもっと知りたいし,地球のことを勉強して自分の視野も広がるといいなと考えている.よろしくお願いします.
私の地球観
この授業を受講するまで,私にとって地球とは,身近にあるようで,すごく遠いものだった.私は,確かに地球の上で暮らしていて,環境問題には関心があるけれども,地球自身のメカニズムは知らないし,自分が生きるために必要な酸素が,どうやってできたかも知らなかった.それまでの私にとっての地球というのは,自分の生活範囲内の事象,テレビや新聞で読む世界の国々に限定されたものであって,宇宙からみた一つの惑星である地球にまで,考えが及ばなかった.
初回の授業で見た,NASAのブループラネットのビデオが,そんな私の地球観をかえるはじまりだった.私は,この授業で初めて,地球が生き物であり,成長してきたものであること,そしていつかは地球が滅ぶことに気づいたのだ.それは,結構衝撃的であった.なぜならば,私にとって地球というのは,もう固定されたものであって,生きているなんてものではなかったし,ましてや,いつかは地球が命を終えるなんて思いもしなかったからである.
それから自分という存在が,40億年間生命活動が継続してきた結果であるということ.私にとって過去の自分につながる時間なんて,よくて曽祖父ぐらいまでで,まさか40億年間という時間が自分に関係しているなんて思わなかった.
その後も,地球が現在のようになるようになった,様々な事件やメカニズムを学んでいくうちに,私にとって地球は,以前より身近なものになってきた.しかも,自分が地球の中から見上げていると同時に,宇宙から,青い地球を眺めているようなそんな感覚を自分の中に感じるようになったのである.また,時間の感覚も,何億年という感覚を感じるようになった.道を歩きながら,私が生きていてあくせく頑張っているこの今という時代は,地球の長い歴史の中じゃ,瞬きの一瞬みたいなものだろうな,なんて思うようになった.
私は,国際関係論を勉強しているのだが,この授業を受けてからのほうが,私達一人一人は,地球というひとつの船に乗り込んでいる仲間なのだと実感した.また地球にたいしても,仲間意識というか,今までとは違い,一緒に生きている大切な星なんだと実感した.
この授業を通して,前よりももっともっと世界が広がったし,もっともっと地球とその中で生きている生命体を大切に思うようになった.この感覚を大切にしていきたいと思っている.
第一文学部2年 U.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.私は文学部なので,「文系の人から専門の人までを対象としている授業だ」ということを聞いて安心しました.また,授業に関して資料やホームページなどが充実していると感じました.「Blue Planet」に関して:一言でいえば,「今回のビデオを見ることによって,地球への興味を取り戻した」ということです.しばらく私は「地球」という視点で世界を見るのを忘れていました.忙しいとついつい自分の世界だけが世界の全てであるような錯覚に陥ります.そのことが視野を狭めるため,よくないとは思っていたのですが,いつのまにかそんな状態になっていたようです.また,今回のビデオはNASAのものですが,アメリカの一般の人々は「地球に関心を持っているのだろうか」という疑問を持ちました.もしかしたら私と同じで興味が薄くなっているのではないかと思います.なぜなら,「地球」の視点で考えれば今行動をするべき対象は,イラクではなく,水資源の問題にはじまる環境問題であるはずだからです.もちろん環境問題に取り組んでいる方はたくさんいますが,やはり「国」として見てしまうとやはり視野が狭くなっているのではないかという印象がぬぐえません.また,今回のビデオにより子供のころ持っていた疑問を思い出しました.その疑問とは,「雨と海はどちらが先にできたのか」のようなものです.今考えれば,子供のころはもっと自然と触れ合っていた様な気がします.「地球」への興味が薄れたのは,自然と触れる時間がすくなったからかもしれません.まとめると,今回ビデオを見ることによって,地球での興味が復活し,自分を見る客観的視点が増えました.
3.地球の歴史に関する新しい説などを聞きたいです.ただ,私は文学部でしかも専門知識がないので,できればその点を考慮していただきたいです.
私の地球観
第一回目の授業課題で提出した授業に対する自分の感想を振り返ってみる.するとそこには,「しばらく地球という視点で世界を見ることを忘れていた」,「昔もっていた地球への興味がよみがえった」とある.この思いは,半期の授業を終えて最終課題を作成している今も変わらない.最初の授業で自分が受けた衝撃というものをとても印象深く覚えている.
授業前は,地球観はないに等しく,あったとしても環境問題から考える「保護する対象」としての地球であった.それが今ではどうであろうか.環境問題だけで考えるにはもったいないほど,地球が好きになり,また,「今地球に住んでいるのだ」という感覚を持つようになった.
何でもそうであるが,見えないものに対して,私たちはずっと気にかけていることは難しい.だから私も地球という視点をずっと忘れていたのだと思うのだが,次のようなことを想像してみると面白い.まず,今家の中にいるとして,足の下には床がある.そしてその下には地面があり,その下には地殻があり,マントルがあり,そして核がある.私たちは感じることはできないが,確かに私たちの足元でマントルは対流しているし,まだ熱いマグマが存在するのだ.そして上を見上げれば,天井があり,そして大気があり…と考えていくと,最終的には宇宙へ出てしまう.何とも不思議な気分である.「私たちの地球」とよく言うが,「地球の中のほんの一部である私たち」といった方が今の私にはしっくりくる.
一方で、その「一部」である私たち人間はなんと大きな力を持っているのだろう,とも感じた.地球史では何万年,何億年というスパンで環境の変化を見ていたが,人間は何年,何十年の単位で地球の環境(とはいえごく表層ではあるが)を変えてしまう.木を切り倒し,ビルを建て,二酸化炭素を放出している.また,今持っている核の力(原子力)を使えば,地球全土を放射能で汚染することができ,もしかしたら地球を破壊できてしまうかもしれない.このような大きな力を,もっと何か有効に使えないかということを最近感じている.
この「全地球史T」という授業を受講して良かった.上記のような地球観を得られたのもそうであるし,最新の説,例えば「生物は火星から来たのではないか」という説やスノーボールアース仮説を知ることができ,宇宙への興味を思い出すと同時に,その興味は高まったように思う.一週間に一度,この授業は,確実に前期の私の生活の中で知的好奇心を刺激し続けてくれた.毎回の課題がうまくできず,もどかしい思いもあったが,授業前と比べるとはるかに地球に詳しくなっていることに,最終課題をしていて気付いた.
「青く美しい」という形容詞がまさにぴったりである地球.その地球が生まれたのは偶然と必然との重なり合いであると言われているが,そこに自分がいることを嬉しく思う.この授業を受講してそのことに気づき,また,忘れていた視点を取り戻すことの良さ,面白さを知ることができた.
第一文学部1年 M.S.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.ビデオを見て,改めて地球の自然の多様性を感じました.この地球の中に砂漠から氷河までと大きな気候の違いがあるのはすごいことなんだと思いました.またこれまでその多様性を守ってきた自然が人間によって壊されていくのを見ると,どうすれば止められるか考えさせられました.
3.僕は昔から考古学に興味があったりと,歴史に対して興味を持っています.考古学の本をみていたときに炭素による年代測定の方法などを知って,地球に対する興味が深まりました.そのためこの講義を履修しました.地球の歴史の流れについて深く学びたいと思っています.
私の地球観
この授業を受けて,これまで僕が持っていた地球に対する印象がどれだけ漠然としたものであったのかを実感しました.これまでは,周りから入ってくる情報を元に,地球温暖化をもたらす二酸化炭素は人間にとって不要なものであると安易に考えていました.そのため,この授業を通して二酸化炭素があったからこそ今の地球が生まれたと知って,二酸化炭素の重要さに驚きを覚えました.それどころか,これまでも地球の進化において何一つが欠けていても,今の地球が存在することはなかったと思うようになりました.最近,よく自然保護や場合によっては地球を守るといった言葉をよく聞きます.そのせいか僕は地球に対して弱いもの,壊れやすいものという印象を持っていました.しかしこの授業を受けて,地球とは複雑なシステムが入り組んで成り立っているものではあるが,決して弱いものではないのだと感じました.地球には多くの抑制機構が働いており大変強靱なものです.にもかかわらず人間が地球の保護だとか叫んでいるのは,人間自体が弱いものであり,地球に守ってもらっているということを忘れているのではないかと感じました.地球は人間,それだけでなく生命が存在しなくても,活動を続けることができます.僕たちはもっと地球に対して謙虚にならなくてはならないのではないでしょうか.
僕たちは地球の生きてきた時間から考えると,ほんの短い時間しか生きていませんし,これから地球がどんな進化を遂げていくのかを知ることもできません.また,地球について学ぶことで地球に対して何ができるのかということも分かりません.にもかかわらず,地球についてもっと学びたいと思ってしまうのはなぜなのでしょうか.地球は本当に魅力的な星です.この講義を受けて,僕は地球の魅力に気づかされましたし,地球というものが大変身近なものであると感じるようになりました.楽しい授業をありがとうございました.
第一文学部1年 K.N.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.地球について知り,考えるということで,空間的にも時間的にもスケールが大きすぎて難しいことのようにも感じましたが,私たちの暮らす地球のことをもっと身近に考える良い機会だと思いました.「私自身の生命活動が40億年間継続している.」そんな風に考えたことはなかったので,とても不思議な感覚がしました.地球の様々な場所で起こる様々な自然現象,進化の痕,それらを辿ることで地球の歴史を探り知ることが出来る,ビデオを見てそう感じました.また,あの地球をスペースシャトルから見る映像,あの視点は,地球が生きているということを良く解らせてくれたように思います.
3.私がこの講義を履修したいと思ったのは,高校での地学の授業で得た知識の理解をもっと深め,発展させたいと考えたからです.高校の授業では詳しく学習することができなかった,地球の原始の海や大気について興味を持っています.そこから生命誕生についてなど,地球の歴史を全体として科学的に理解できるような講義を期待します.
私の地球観
地球について知るということは,自分の存在の一番基盤となる部分について知るということだと思う.そういう意味を持ちながら,地球について知るということはなかなかとっつきにくい部分があるように感じていた.何よりもその時間的,空間的スケールの大きさが自分の想像の及ばないところにあり,最も身近なことでありながら最も身近に感じにくいような気がしていた.それだけに地球が自分の存在する惑星であるからこそ“知ろうとする”,“好きになる”ということが大事だという授業の中での言葉が印象的だった.
地球誕生から現在に至るまでの進化の歴史をこれまで学んできた.地球をシステムとして捉え,地球が全体として様々な要素を相互作用させてこの表層環境をつくり上げているということを知った.その中では特に地球環境と生命の関わりについて認識を新たにすることが数多くあった.地球進化の過程で偶然が必然性を持って生命を生み出す,あるいは地球外部から来た生命が生存できる環境に進化したが,その生命が大繁栄を成しえた要因である酸素過剰大気は生命自身がつくり出したということ,生命が環境を自らつくり変えてきたということを改めて認識した.生命はあくまでも固体地球,あるいは宇宙からの外的要因による環境変化に左右される存在であるが,その一方で酸素過剰大気をつくり出し,炭酸ガス除去システムにおいて大きな役割を果たすなど,地球進化の上で自らを繁栄させる環境を形成するという積極性をも持っているということだ.
また生物については,その生命力が想像していた以上に強いという事実は,私の「生物観」を新たなものにした.バクテリアにはかなりの高温で酸素がないような環境に生息している種,数mの氷の下,極寒の環境に生息している種があるということ,さらには隕石に乗って宇宙空間を移動しその衝突にも耐えられるようなバクテリアが存在したかもしれないということを知った.これらの事実は私にとっては大きな驚きだった.誕生以来,何度となく絶滅の危機を乗り越えてきた生物は,その危機の度にわずかに生き残った種がより強く加速的に進化し,多様化していった.そうした進化の枝葉の一番先に人類がいる.
この地球進化の歴史を知るということは現在の地球を知る,未来の地球を予測することに繋がる.現在地球では,それが地球にとって大きな変化なのか,それとも瑣末なものなのかは分からないが,人類の手によって温暖化,大気や水質,土壌汚染,オゾン層の破壊といった様々な環境問題が引き起こされている.これらの環境破壊は他の生物種だけでなく人類自身の首を絞めることでもある.人間圏が地球システムに納まりきらなくなってしまったならば,その先はどうなるのであろうか.地球はこれからどう進化していくのか.地球がひとつのシステムであるということ,あらゆる物質の循環の中に生命,そして私自身も存在しているということ,数十億年のタイムスケールの中に自分の存在があるということを考えると不思議な感覚を覚える.人類は環境破壊を引き起こす一方で,地球の進化について考えることのできる唯一の存在でもある.だからこそ我々が直面している地球規模での問題に対して考え,決断を下し,未来へと繋げていくこと.それが,今,地球の歴史時間に比べたら本当に微々たる時間を生きる我々がすべきことだと思える.
商学部1年 K.Y.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.先生がとても熱く地球への思い語られるので少し圧倒されました.しかし,その先生のご様子から講義の内容が大変刺激的なものなのだということが予想されます.ところで私は「Blue Planet」のなかで地球をしばしば「我々の家」と表現していたのが気になりました.やはり,地球は家というより「生物」と言う方が正確ではないでしょうか.例えば宇宙から見た,稲光が光る地球はまるで脈動する生物や臓器のようです.それは台風や火山噴火や雨の映像からも感じられます.その地球の表皮をいいようにいじくって住み着いている我々はさしずめ寄生虫といったところでしょうか.その表現が適切でないとしたら,地球と我々の関係はビデオに出てきたサバンナのサイとその背の上の小鳥の関係に似ていると思います.小鳥にとってサイはけっして安全な動物ではなく,その傷口をつつけばしっぽで一掃されます.我々も地表を自分達のいいように開発しても,台風や地震で一掃されてしまいます.我々は地球とそんな駆け引きをしながらうまく地球にしがみついているという感覚を私は覚えます.
3.神秘的な宇宙や地球の映像がたくさん見たいです.それでこの講義を選んだわけでもあります.あと,質問しやすい環境をたくさん設けてくださるとありがたいです.例えば,メールで個人的に質問することは可能なのでしょうか.
私の地球観
私がこの講義を受講した動機は,不可思議な地球や宇宙の様子を知りたいという今思えば何とも薄っぺらなものでした.しかし実際の講義内容は私が想像していたものとはかなり異なるものでした.大量のデータに,難解な理論が連続して出てきて,正直に言うと毎回ついていくのがやっとでした.そして私は漠然とあることを感じました.もう,手放しで我々が地球や宇宙の現象を見て感動しているだけの時代はとっくに終ってしまっているのではないかと.地球等に関する科学的なデータがこれだけ揃い始めてきた現代に生きる我々は,もう一つ上の次元の地球との接し方を模索するという段階にいかなければならないのではないかと.
私は地球科学に明るくはありませんし,専門化レベルの考え等は理解できません.加えて,「全地球史T」を受講する前まではそのような事を理解するための勉強などは特にしてきませんでした.しかし,それはこれからもという意味では決してありません.底の見えない謎を秘めた地球の存在に気づかされた今,ただ単に自然の風景を見て喜んでいるだけでは少々悲しいし,つまりません.
「全地球史T」の講義はこれで終了しましたが,私の地球科学の学習が終ったわけではもちろんありません.これからは,大学,もしくはプライベートにおいて地球に関する探究を自分のやり方でアプローチしていこうと決めています.まさにこの講義は私の地球科学の学習への動機づけになったと感じています.
前期の間だけでしたが,内容の濃い講義をどうもありがとうございました.今後のご自身の研究のほうがうまくいってくださることを願っております.私も自分の趣味を基盤に積極的に学習を深めていくつもりです.
法学部2年 H.N.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.先生の熱意を最大限に引き出したいと思いました.一生懸命授業を受けていきたいです.文系,理系の域を超えた教養ということ.これからは重要なことだと思う.興味のある映像だった.現在地球が抱えている問題,地球の神秘が克明にあらわされていた.見ていて身震いするような感動を覚えた.あの宇宙から見た,青い地球は何とも言いがたい.その地球を破壊している映像はやはり悲しい.また,火山など,地球が一生命での営みであるような気がした.地球は生きているんだというのを深く感じた.
3.私がこの授業を履修したのは,地球環境問題に興味があるから.環境問題を考える上で,一番基礎の部分に立ち返ろうと思い,地球を知ろうと思った.地球を知り,愛することでより深く,環境問題を考えるようになりたい.
私の地球観
私は,この授業を選択した理由が2つあります.一つは高校時代に地学を選択していたこと.もう一つは,現在の地球が抱えている環境問題に興味があり,その環境問題を考える上で,地球についてもっとしろうと考えたことです.
前者のことから言うと,はっきり言ってこの授業はレベルが高く,高校時代の文系の人間がやってきた程度の地学の知識じゃどうにもなりませんでした.この授業がオープン教育センターの科目になっていたことで甘く見ていた感はありました.ちょっと科学的になると,失礼な話ですが眠かったのは事実です.後者的な観点で言うと,他の惑星と違い,どれだけ地球が幸運の元に生まれてきたのか知ることが出来ました.これは自分の中の地球に対する敬意,環境問題に対して根本的な部分からかえてくれました.
授業内で感動することが多々ありました.いくつか挙げます.
導入部分で,心つかまれました.「もしあなたが地球外天体からきた生命起源でなければ,あなた自身の生命活動は途絶えることなく約40億年間継続してきた結果であること.」この時点で地球の神秘,人間の神秘を感じていました.
ビデオの中で,隕石の中から水を取り出す実験.何十億年ものあいだ石の中で眠っていた水.地球の海をつくった水なのだなと思ったら鳥肌が立ちました.
ジャイアントインパクト説.これ自体私にとってジャイアントインパクトでした.月がもとは地球であったなんてことは考えたこともありませんでした.
スノーボールアース説.全球凍結状態でも生き延びていられる生物がいる可能性があるというだけで驚きでした.というより,地球が雪だるま状態にあったことがあるということが信じられません.太陽の光,今自分はこれだけ浴びて,熱をこれだけ感じていて,地球が全部凍ってしまうということを思えません.この説を思いついて立証しようとした科学者の発想力に感服します.
現在この地球があるのは,そして自分が存在できているのはいくつもの奇跡の積み重ねなのだと思えるようになりました.そんな地球を,そんな自分を,大事にしたいと思います.そして今,この勉強を通して自分が奇跡だと思えた過去の出来事をかみ締め,今僕らが生きている地球で起きている出来事を未来の文明を司る生命が奇跡だと思えるようにしたいです.
この夏,富士山に登ってきました.運良くご来光を拝むことが出来ました.夜空がすごくきれいでした.雨の如く降る流星,彦星織姫を連想させる天の川を見られて,地球,宇宙,自分が住む世界がより好きになりました.もっともっと大切にしなきゃいけないなという気になりました.
第一文学部1年 M.K.さん
私の地球観
受講以前の地球観というと,このように生物が繁栄し,安定した気候に恵まれたのはすべて偶然の産物に思っていた.しかし受講後はそれは確かに偶然ではあるが,その偶然性は必然だった,例えばある環境にあったからこそ生物が繁栄したというより,その環境に適応して生物が繁栄したというほうが正しいというようなこともあることを認識した.でもやはり太陽からの距離などを考えると偶然によるところが多いとは思う.地球観とは違うが,すべての現象の根本となる法則に興味をもった.
商学部4年 F.F.さん
私の地球観
この授業を受けて一番すごいなと思ったのは,地球の安定性という部分でした.スノーボールアースの所で学習した地球の自動安定化装置についてもそうですし,マグマオーシャンから,原始海洋と原始大気の誕生,酸素の光合成,大陸の形成とプレートニクスのかかわり,海洋の働き,食物連鎖にしても何から何までこの地球は生まれる前から,バランスというものを保ちながら生き続けてきたのだなと感じました.それなのに私たち人間は気がつかないうちにそのバランスを踏みにじりながら生きている.これは本当に自然に反しているし,人工という言葉は改めて難しいと感じました.ただ,人間のすばらしいところは本能とは別に理性をもって行動できるというところ.このままでは危ないと感じれば,冷静に軌道を修正していくことが出来ます.バランスに対して「適応」という言葉がとても大切に思えるのですが,環境が変わっていくのならそれにあわせて柔軟に新しいシステムを構築していく,これは進化と呼ばれる現象でありますが,われわれ人間は唯一この「適応」,「進化」を自らの意思で進めていくことの出来る生物であると思いました.未来はこれからだと感じます.
もうひとつ,強く感じたのは歴史を学習するということが一番自分たちの未来を考えるのに役立つということです.小学校,中学校,高校と十年以上も歴史というものを学んできましたが,私は正直な話,どうしてもこの科目に興味を持つことが出来ませんでした.昔のことを知って何になるのだろうと思いましたし,それよりももっと未来のことや,これから先に何が出来るのだろうという分野に興味を引かれていたような気がします.しかし,この授業で学んだことは未来というものも今日という日も全ては過去から繋がっていて,未来をよりよく生きていくためにはしっかりと過去の出来事を勉強していかなければいけないのだということです.もしも,私たちが未来ばかりを見ていれば,科学というものは進歩するのかもしれません.しかし,その反面,地球が何十億年もかけて作り上げてきたこの素晴らしい安定装置を一瞬にして壊してしまいかねないわけです.大切なのは過去から学習したことを未来にしっかりと生かしていくということなのだなと感じました.そう考えると歴史の重みですとか,まだまだわかっていない過去を探っていくということに興味が増していき,歴史を勉強することが楽しくなっていきました.そういえば,海に行くとなんだか不思議な落ち着いた心地よい雰囲気になるのはなぜなのでしょうか.私たちの遺伝子に地球とともに何十億年も生きてきた水の記憶というものが共存していて,その大いなる母である海に近づくと共鳴するのでしょうか.私たちは大切なもののありがたみに失ってから初めて気が付く,後悔をするということがありますがこの海だけはそういうことがないようにありたいと感じました.
授業はいつもわかりやすくて,私の心の奥の知的好奇心をふんだんにかき乱してくれる一週間に一度の楽しみでした.どうもありがとうございました.授業の内容はいつもわかりやすく,説明も丁寧で,大変興味深い内容でした.私は今年で学生生活最後の一年なのですがこの授業をとってとても満足しています.
他大学受講生 T.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.ビデオを見て,地球は全ての生命が暮らすかけがえのない場所であるけれど,台風や地震などの恐ろしい自然現象も全て地球によって起こっているものなのだと実感しました.そのような人間がどうすることもできない現象もあるけれど,温暖化など人間によって地球環境が悪くなり,生命が地球に住めなくなったら大変だと思いました.そうならないためにも人は地球のことを学ばなければならないと思います.私もこれからもっと地球について学びたいと思いました.
3.地球だけでなく,宇宙の誕生にも興味があるので,その点にも触れてほしいと思います.また,台風や地震などの恐ろしい自然現象の起こり方も知りたいです.あと,地球にやさしく生活する方法も教えてもらいたいです.
私の地球観
私は,地球について前から興味をもっていたため,今まで結構知っていたつもりでいたけれど,受講後,自分はまだまだ何も知らなかったということがわかった.地球には様々な歴史があったということを知った.水は地球にとって重要だとは思っていたけれど,生命繁栄にとってだけでなく他にも重要な存在であるという深い意味をもっていると思った.
授業の内容は,どの回も興味深いものであったと思う.中でも最も驚いたことは,全球凍結したという説があるということだ.私は今まで氷河期が訪れたのは1回だと思っていた.さらにそれよりもっと驚いたことは,その環境の中で生き延びた生物がいて,さらに進化していったということだ.地球はひとつの生命体で生命活動は現在まで続いていると授業で学んだけれど,過酷な環境において,生物はより強く進化していくので,そのことを実感した.もし,このとき生物が絶滅していたら,私たちは存在しないと思うと,その生き延びた生物はかけがえのないものだと思う.そして,小さな微生物の方が人間よりも強い生き物だと感じる.だから,もしこれから再び,全球凍結のような過酷な環境になり,人類が絶滅したり,他の星に移住するというようなことになっても,地球には生き延びた生物がまた進化し,新しい生命が誕生するのではないかと思う.地球はそのようなことを繰り返しながら生命活動を続けているように思える.地球は運もよく,強い星だと思った.
このようなすばらしい地球を,私はこれからも大事にしていきたいと思う.環境問題が深刻になってきているが,全人類がこう思うことによって,改善されていくことができると思われる.もっと多くのことを学びたいと思った.
第二文学部4年 I.T.さん
私の地球観
「地球は水の惑星である」という表現を科学的なデータに基づいて捉えることができるようになった.例えば他の惑星にはないプレートテクトニクスを取り上げてみる.大陸の移動は水による地表の冷却が原因である.地中は熱く,地表は冷たい,その違いが大陸を生み出す原因となっている.
地球は水によって管理されている惑星といっても過言ではない.スノーボールアースの時,二酸化炭素の温室効果による熱暴走を止めたのは水である.最初の生命誕生の場所となったのも水の中である.大陸を動かしたり,地形を変えていくのも水である.そして今地球上にいる生命は水なしでは生きていくことができない.水は地球の全てに影響を及ぼしている.
第二文学部1年 I.Y.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.あえてグローバル化と叫ばなければならないほど私たちの地球に対する感覚は分散されているように思います.というのも,事実,私自身まるで地球が幾つもの物体に分割されて存在しているかのように感じていたことに,このビデオを通して,気づいたからです.地球を内・外から捉える映像はとても相対的で,内側から見ると多くの生物が存在している痕跡がはっきりと見える一方,外側から見るとそういった一つ一つの個別なものが大きな枠の中の一部となり,また,普遍的な存在となると言ったような立体感のある捉え方ができ非常に興味深いものでした.またそれと同時に,地球が四角のように辺を持たない丸い形をしているのは(もちろんどの惑星も丸いのですが)そういった普遍性を表しているというか,何か意味があるのではないかとも感じました.
3.宇宙というものと深海というものは何か共通する点が多いような,神秘的なイメージがあります.私は正直海に関する知識はあまりないのですが,特に深海にすむ生物などは古代の生き物を見ているようでどこか興味を惹かれます.もともと小さいときから恐竜が好きで,そのために全地球史の講座には目を向けました.と言っても前期はそれ以前がテーマなのですが,古代を思わせる海の様相と,はるか昔から今に至るまでそしてこれから未来へとを表しているかのような宇宙が現在の自分にどうつながっていくのか探求できることを期待しています.また,地球が偶然によってこのような豊かな星になったのだとしたらその反対に,なぜ他の太陽系の惑星は生命体の住みにくい環境になったのか,そちらの偶然性についても知りたいと思っています.
私の地球観
この授業を通して地球の進化過程を見ていった中で何よりも強く感じた事は,いかなる分野においても必ず一つの線で結ばれているということでした.地球にはいまだ解明されていない事柄が多く残されていて研究対象も尽きないのですが,そういった一つ一つについて踏み込んで考えていくと,お互いに交錯する部分が必ず出てくるように感じました.今回,半年間私が学んでいった分野の中で交わる部分が多かったのはやはりH2Oに関することでした.
当初,地球のこのような発展は偶然の産物に近いものだと思っていました.しかし,確かに水が地球に残されたのは太陽からの距離がちょうど良かったからだと言えますが,“偶然”はそれひとつなのではないかと思います.というのも,地球に水がもたらされて以降は地球自らが与えられたものを使って現在のような姿にしていったのであり,それらは決して偶然とはいえないからです.特に生命は,その誕生は水の存在によるものであったと言えますが,実際自らの種を増やす為,生き延びる為に遺伝子を組み替え,酸素をもたらし,現在のような窒素と酸素に覆われた大気をつくり出しました.また,水によってプレート運動が機能し,地球の二酸化炭素を効率的に循環するシステムがつくり出されました.
こういったことを考えてみると,たとえ水が地球に運良くもたらされたものだとしても,それをもとに生み出されていった地球の機能はそれ以上のものがあると思います.こうした地球の一つ一つの機能のサイクルを最も強く感じたのはスノーボールアース説でした.この説のように,何らかの原因で地球が寒冷化すれば,二酸化炭素の減少によって冷却化は暴走し,それにより多くの生命は光を失い命を落とし,しかし一方で,いったん一面氷の世界に包まれると,火山活動によって大量に蓄積された二酸化炭素が雨のない世界で水に吸収されず行き場を失い,急激な温暖化を引き起こし,それにより再び温暖な地球に戻っていく,といったように地球の持つサイクルとその一定性を強く感じました.そしてまた,この説によって生命の遺伝子がより複雑に組み替えられたとするならば,ある意味でこういった事は必然なのではないかと思います.こうして考えてみると,地球に水がもたらされた事も“偶然”ではなく“必然”だったのではないかと思います.そしてまた,太陽系の誕生が星の死に関係しているということを学び,実際宇宙のどこかに他にも太陽系に似たものが存在し,その中に地球に似た惑星が存在していてもおかしくないはずだ,とも思いました.
地球とは,水という種が撒かれ,その種たちがそれぞれ自由にたくましく成長を重ねていった惑星である,と私は思います.
教育学部1年 A.Y.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.最初に先生によるこの授業の意気込みを聞いて,熱意が伝わってきて,大人数であっても双方向の授業であるいうことがとても嬉しく思いました.授業ガイドに書いてあったことは私が知りたいことではあったけれど,もしかしたらニュアンスが私の読み取ったものとは少し違うかもしれないだとか,内容はおもしろいはずなのに先生はただひたすら黒板に何かを書いているだけの授業だったらどうしようなどという不安もあったため,今後の進め方を聞いたとき,内容は私が知りたいと思っていることであったし,大変そうではあるけれど小レポートによって自分では通り過ぎてしまうような疑問をみつけるヒントをもらうことができ,また考えた結果を伝えることができるとわかってすごく安心しました.ビデオは,英語があまり理解できなかったため映像をみることに専念していました.宇宙からみた地球の姿は,黒い背景の中で青く光っているように見え,その色の対象的な映像に自然の美しさを感じ,また少し怖い気もしました.火星や月の映像と比べると華やかさが全く違い,なぜ地球が現在の姿をしているのかが不思議でしょうがありません.また,あんなにも完全な球状であることが不思議です(他の惑星についても).地上の映像で,1番印象に残っているのはソーダの湖です.赤い液体にところどころ白い渦があり,その色合いにとにかく驚きました.なぜソーダの液体が赤くなるのかが疑問.もしかしたら私の化学の知識が無いだけなのかもしれないけど.鉱物が混ざっているのかもしれない.とにかく,他の惑星と比べると,地球には色があると思います.もちろん太陽は赤だし,火星も赤っぽい色,木星もオレンジや白の縞に青っぽく見える場所もあるし,海王星は完全に青です.でも,地球は何かが違う.また,台風や洪水の映像では,自然の恐ろしさというより,人間の小ささを感じました.どんなに技術が発展しても自然災害がなくなることはないと思う.災害があるということは地球が生きている証拠であり,だからこそ人間は生きていられるから.焼畑は,自然に逆らう行為で良くないとは思うけれど,私は毎日満たされて生きているわけで現地の人には生計がかかっているのだからなんとも言えない.…話の趣旨が曲がってしまった…地球に対する感想として,これは文を書くことを怠けているのではなく率直な感想として,すべてが“大きい”.そして,普段あまり気にしてはいなかったが「地球」に対して改めて考えてみて,私は地球が好きらしい.
3.履修の動機は,ただ単に地球史に興味があったことと,曜日時限が他の授業と重ならなかったことです.自分の目で見れないことが知りたい.TVでは様々な番組で何度もCGを使った地球の出来方を見た事があるけれど,あまりに壮大なスケールで親近感が湧かない.それは1つに,なんとなくでしか知らないからなのだと思います.だから,きちんと知りたい.46億年というものがどれほどのものなのか,その間に起きた出来事を知ることで少しは理解できるようになるのではないかと考えています.だからこの授業で自分が今46億年の最先端にいて,あの青く輝く球状の星に生きているんだということを実感できたらいいなと思います.
私の地球観
他の惑星には人類のような生物は見られていないということから,以前から地球は特別な存在なのだろうとは思っていたが,この授業を受けたことで,その偶然や特別さへの感動がはるかに増した.地球ってすごい,と思う.また,こうして今生きていることが不思議でもある.
もはや地球とは,ただ,青く水がある星というだけではない.その裏には大きな歴史があるのである.色も形も,今とは全く違う時代があり,様々な時を経て今に至るのである.その歴史をほんの少しではあるが知れた今,地球は生きているのだなと思えるようになった.また,そのことにより,身近に感じられるようになった.「生きている」という共通点を私と地球の間に見出せた気がするからである.
この授業を受けて,知識が増えたということもあるが,それより何より,地球というものを考えられるようになった気がする.地球という存在はあまりにも大きく時間のスケールもあまりにも長く,私はその中でとても小さな場所と時間に生きているわけで,そんな私には想像することさえ難しいほど果てしないものであったが,何度も地球の外側や世界各国の地球の様子を見て,「地球について考える」ということをしたことにより,想像して考えることが出来るようになった.改めて,地球とは美しく素晴らしい星だと思う.そんな地球について,これからも勉強していきたいと思う.
第一文学部1年 O.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.率直に,英語が聞き取れなかったが,宇宙から見た地球の映像は非常に美しかった.しかし地表に目を下ろして見ると,地震・火山・天災などの様々な危険や,人間による地球環境の破壊や変化などの問題があるという,地球の現状が伝わってきた.only homeと言っていたように,様々な生物も人間もこの地球上でしか生きることはできず,地球や空気・水などが存在することの有難さを実感することができた.また,普段地球の寿命などを意識することはほとんどなかったので,この地球がいつかなくなってしまうのかと思うと,とても悲しい.地球から多くの恩恵を享けていることを再認識し,私自身も何か地球環境を守るために努力しなければ,と感じさせられた.また,宇宙から見た地球の映像をみて,自分は地球の本当にわずかな1点に立っているだけで,ちっぽけだけれど,この地球に存在できていることが嬉しいと感じた.いつかこの美しい地球を実際に宇宙から眺めてみたい.あと,「Blue Planet」という題で,なぜ地球が青いのか気になった.それは海が青いからではないか?海が青いのは,光の吸収や反射に関係しているのだろうか?と考えたが,わからないので今度調べてみたい.
3.私は地球や自然が好きで,今まで少しは勉強してきたが,今地球に生きているのにまだまだ知らないことがたくさんある.先程も書いたように,地球はなぜ青いのか?とか,生物が存在しなかった地球上に,どのようにしてこれ程まで多様な生物が存在するようになったのか?などの疑問もある.全地球史Tでそのような疑問が解決できたらいいし,さらに詳しく地球について知りたいとも考えています.
私の地球観
私は全地球史の授業を受講して,今までとぎれとぎれにしか知らなかった地球の歴史を前より流れとして理解できたと思う.また自分が想像していた以上に,非常に多様な環境を経て,複雑なシステムを持つ地球が,私達と同じ1つの生き物のように感じられた.授業の最初の頃は地球に酸素や水が存在していることは奇跡だと感じていた.今も半分はそう思っているが,最後の方では地球のような環境を持つ惑星が他にも存在するかもしれないということを知り驚いた.そして私が最も衝撃を受けたことは,私達・人間の祖先が火星人かもしれないということだ.もしかしたら火星人の子孫かもしれない自分が人間としてこの地球に生まれ,存在していることが不思議でたまらない.
普段私が生活している世界は限られていて,半径何kmというとても狭い世界だ.だから地球規模・宇宙規模でものを考えるのが最初は困難であった.今でも相変わらず視野は狭いが,前よりはどこかものを大きく考える感覚が備わった気がする.また地球46億年の歴史はとてつもなく長いわけで,私が生活の中で使用している時間の単位などその時間に比べたら本当に微塵だということを感じ,同時に人間の小ささも実感した.全地球史で学んだ,ものを大きなスケールで見・考えるということを生活の中で活かしていきたいと思う.
先生が最初におっしゃっていた「もっと地球を知ろう!もっと地球を好きになろう!」の言葉の通り,私は前より地球に興味を持ち,好きになった気がするし,人間本位にならずに地球を大切にしようという気持ちも膨らんだ.地球上に生きているのに地球を全然わかっていない人が多数存在するのは何か悲しいものだ.わたしもまだまだ知らないことが多いがこれからも地球についての好奇心を絶やさないようにしたい.そのきっかけをこの授業で得られたと思っている.
商学部4年 I.K.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.英語だったのでよく理解はできなかったのですが・・・地球の一員である,という当たり前でみんな知っていることなのにほとんどの人が意識していないことに気づかされました.その視点から自分を見てみると本当にちっぽけだということ,また世界中いろいろな国の言葉や文化を持った人達がいますが人間という枠の中ではひとつだし,地球の中の生命体という意味で様々な動植物ともひとつなのだな,と思いました.地球は青かった,とよく言いますが,本当にそうでしょうか.確かに宇宙の中でみたら青くてきれいかもしれません.しかし,今では世界各地で自然破壊が行われており,増えすぎた(これからも増えつづけるであろう)われわれ人間達が自分達の住処である地球を壊しつつあります.今でさえ環境問題や環境サミットやリサイクルなど様々な形で自然保護や復興の動きが見られますが,ちょっと前まではそんなこと全く言われてなかったと思うと驚きというか悲しいというかそんなに地球のことが目に入っていなかったのか,,と情けない感じもします.とはいっても自分一人というのは地球の規模に比べてとてもちいさなものです.一人の力ではどうにもならないのでやはり地球に存在するもの全てが地球に存在していることを意識すべきだと思いました.今の世の中ではメディアの力や教育でかなり世界の人々に呼びかけることが可能になっているとは思いますが,それでさえ不完全ですし(自分とは無関係と思っている人が大勢いるでしょう),ましてや発展途上国の人達はその教育をたとえ受けたとしても自分が生きるためなら地球の環境のことなど考えていられないでしょう.それでも着実にそのような意識を企業や将来を担う若者達に教えて行くべきだと思います.
3.環境問題に興味があり,自然が好きなうえ,宇宙のことに興味があるので私達の生みの親である地球の誕生に関して教養として知りたいと思ったので迷わず履修しました.このような話題が好きであるだけでなく,地球誕生について(宇宙についても)わからないこと,疑問に思う事がたくさんあるから知りたいと思ったのだと思います.今は漠然としていますが,授業が進むにつれてそのトピックについての自分の疑問をひとつずつ解明していきたいと思います.
私の地球観
1.偶然と必然の結果
この授業で次々と私が疑問に思っていたことが明らかになっていったが,ひとつだけどうしてもしっくりこないことがあった.それはなぜ地球だけがこのように水が液体の状態で存在でき,生き物達がこんなにも豊かに生活できるのか,なぜ私たちはこのようなすばらしい環境で生きることができたのだろうか.偶然が重なり重なって私たちが存在しているのだろうか,ということである.しかし,ある授業の後の課題で先生に質問に答えていただいてようやく納得できた気がした.今の私たちがあるのは偶然の結果だけではない.偶然と必然の結果だったのである.そう考えるとすべてがしっくりとおさまる気がした.重力や一つ一つの化学反応は必然であり,ひとつひとつの現象も必然に起こることも多い.地球誕生までに起こった出来事の数々は結果として信じられないくらいすばらしい世界を作り出したが,その過程は必然,時々偶然の連続だった.その考え方に自分の頭を適応させるのは少し時間がかかった.
2.人間は人間中心の考え方をする
私がこの授業をとってから宇宙のことを考えるときに必ず思うことは,人間はどんなことも自然に人間中心に考えるということだ.自分の思考を宇宙のことを考える宇宙モードにすると自分たちの存在はもちろんだが,人々が話していることや私たちが普段考えていることがとてもちっぽけに見えるうえに,人間中心的であるということに気づく.私たちは人間であるから当たり前かもしれない.宇宙という話題は私たちの生活に直接関係ないので視点をある程度意識的にマクロにしなければ考えられない.だから初めて宇宙規模で地球を見るときに人間が人間中心であるな,ということに気づくのだと思う.地球の環境破壊もそのような視点で見るとなんて人間中心の出来事で,戦争や目の前のことに神経質になっている人々をなぜそんなに自分や他人を傷つけるのかという気分にさえなる.ある意味心が広くなった気分になる.私たちはこんな豊かな地球で呼吸をして生きている,他の惑星はあんなに荒涼としているのに,ということに何人の地球上の人間が気づいているだろうか.当たり前のことに改めて気づき,感動するということは案外とても難しいことなのかもしれない.
3.人間の脳はどこまで理解できるのか
そこから発展すると今まで当たり前だと思っていたことが疑問に思えてきた.なぜ生物達は種を絶やさぬようにという本能を持っているのか.それは偶然なのか.先ほどの考えを基にすると,地球だけに生命体が存在するという言い方や,地球だけH2Oが液体として存在するというのは間違っていることになる.宇宙というのは広い.人間の脳はどこまでついていけるのだろうか.私は私たち人間の脳さえもちっぽけだと思った.人間は地球上に存在する生物の中では飛びぬけて脳が発達しており,たくさんの発明やついにはロケットまで作り出し地球外まで進出した.さまざまな研究も進み授業で学んだようにたくさんの研究や調査もすすんでいる.しかし,宇宙には私たちの脳では理解できないほどいろいろな種類の惑星や生物がいるかもしれないし,その空間はとらえられないほど広い.いくら研究が進んでもそのすべてを把握することなど無理であると思う.それはあきらめているのではない.すべて把握するということはそれさえ人間の下にあるということだ.人間の脳はこの世のことをすべて理解するほど精巧ではないというのが私の考えだ.それは偶然という事実も含まれると思う.理解できないから偶然ということにすることも少なくないはずだ.それは地球という果てしない宇宙の中のひとつの惑星の中で生まれた人類という私たちは宇宙のかけらだからである.これでは理由にはならないかもしれない.だいたいこの考えに根拠などない.ただ,宇宙のことを知れば知るほど私たちには手が届かない,私たちを包み込む大きな広がりを感じる.高校の先生で私たちに「無知は罪」といった先生がいる.それは正しいと思った.知ることは知らないでいることよりよい.なぜなら知らないことを論じることはできないからだ.できないというより正しい結論を導けない.だから自分たちが存在している宇宙の事を知ることは必要だと思う.しかし,私がこの授業が終わって今思うことは,人間はどんなに知ろうとしてもすべてを知ろうとしてもすべてを知ることはできないほど,想像できないほど宇宙は大きいということ.そしてその次々と明らかにされる宇宙の事実をどうか,悪いように使わないでほしいということだ.悪いようにというのは宇宙に住もう,進出しよう,商売にならないか,などと考えないでほしい.人間中心の考えで環境を破壊していくことはやめてほしい.地球だけでなく宇宙までおかしくしようとする人が現れなければいいと思った.
4. 地球
地球は私たちが生きている場所である.普段はそんなことを特に意識することもない.今は情報化社会で地球や宇宙というよりも,日本やアメリカといった国ごとに比べたりすることが多い.ニュースなどを見ていてもみな結局自分中心,人間中心であるように感じる.環境が破壊されているということ,自分たちの住処である地球が壊されているということを何人の人が意識してどうにかしようと行動にうつしているのだろうか.皆,目の前のことに精一杯で地球のことなど後回しになっているような気がしてならない.私たちが今ここに存在して生きていることの喜びは地球の誕生物語を知って初めて感じるのかもしれない.それとも都会で暮らしている人の多くは自然や大地に触れることもなく地球と触れ合う機会が少ないからかもしれない.そしてそれはとても悲しいことだ.地球に触れると不思議な幸福感に包まれる.それは地球が私の産みの親だからだろうか.包まれているという安心からだろうか.私はこれからも地球に触れて生きたいと思う.生きていることを感じて生きて生きたいと思う.
すべてのことは大きな流れの中にあり,それは生まれては消え,始まっては終わる循環の繰り返しで,循環しながらそれ自体が大きな循環の中でしだいにある方向へ移ろっていく,という気がしてならない.それは私たちには理解する,しないという問題ではなくもっともっと大きな自然の力のようだ.誰が決めたわけでもなく,そうさせられているわけでもない.そう考えると私たちの身近の些細な出来事も小さな循環だらけで気づいていないだけのことに気づく.それがいい,悪いという問題でもない.ただ,私たちがあきらかに自然より宇宙より大きな力の中に包まれており,宇宙の大きな流れの中の一部なんだということを感じたのである.
法学部4年 O.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.自分自身の生命活動が約40億年間途絶えることなく継続してきた結果だと聞いて,驚くというより不思議な感覚にとらわれた.これから学ぼうとしていることは,これまでの自分の思考とは次元が違うような気がして,とてもわくわくした.広い宇宙のなかに小さく丸く存在する地球を想像すると,自分が地球に閉じ込められている気さえしてくる.ビデオでは恥ずかしながら英語が聞き取れなかった部分が多々あるので,これから授業を通して地球の歴史を詳しく学びたいと思う.現在の地球は,これからも続く地球の歴史,宇宙の歴史のほんの一瞬でしかないのだなあと感じた.
3.講義要項冊子で「全地球史」という講義名を発見し,地球にいることが当たり前過ぎて人間の存在の前提ともいえる「地球の歴史」について知りたいと感じたこともなかったことに気付いた.「地球史」という学問があることを知り,自分が当たり前のように生活しているにもかかわらず,自分にとって未知である「地球」について,知りたい!!という気持ちがむくむくと湧いてきた.また,宇宙や地球に思いを巡らすと,自分自身が未知なる存在のように思え,非常に気になってきた.この講義を通して,自分の既成概念が破られ,新しい視点で物事を捉えられるようになればいいと思っている.そして,ほかの学問を学ぶにあたっても活かせたらいいと思う.
私の地球観
「地球は生きている」これまで,この言葉は生物の営みを中心に地球を捉えた比喩のようなものだと思っていたが,この言葉は紛れもない事実なのだと強く感じた.地球が,「生物が生きる舞台」なのではなく,生物が,「生きている地球の一部分」なのではないかと考えるようになった.
私は地球史を学んでみて,地球を見る視点は勿論のこと,自分自身の物の見方に大きく影響を与えられたと思う.地球史を学ぶ以前も,地球について詳しくは知らないものの,人間は小さな存在に過ぎないし,宇宙のどこかに地球と同じような惑星があってもおかしくはないなど,ある程度人間や地球を客観的に捉えている自信があった.しかし,地球史を学んでみて,自分は結局人間中心のものの見方しかしていなかったのだと実感した.自分が人間である以上,人間を基準とした考え方から完全に抜け出せるとは思わないが,自分の知らない世界が存在すること,常識というものはそれが常識であり得るための範囲があり,それを超えると新たな枠組みが必要となること等,ほかの学問で考察する際や今後生きていくのに必要な価値観を得られたと思う.悩みにぶち当たったときや,国際問題などを考える時,一度宇宙を見上げて長い地球の歴史・地球の営みに思いを馳せてみる.そして再度自分のレベルで考えてみると,新たな考えが浮かぶ気がする.
地球の長い歴史の一部分の人間である私たちが,こうして地球のこれまでの歴史やこれからの行く先を考えることは,とても身近なことのようでもあり,とても遠いことのようにも感じる.このような地球進化史を,わくわくしたり驚いたりしながら学べたことをとても嬉しく思う.
第二文学部1年 C.K.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.ボクはばりばりの文系人間ですが,自然科学には関心があります.期待できそうな内容だったので,これからが楽しみです.ビデオは全編英語だったので,完全には分かりませんでした.断片的には多少理解できました.地球が人間が住むことできる唯一の星であること.また,想像を絶するパワーをもった存在であることが強調されていましたね.素人ながら,ボクもよくできたビデオであると思います.
3.ボクは地球が好きです.地球を知ることで様々な視野が広がると思い受講しました.映像をたくさん使って授業を進めていただけると幸いです.
私の地球観
私がこの授業を受講したきっかけは自然科学に興味があるというよりも,歴史学に興味があるからだった.地球の歴史を学ぶ絶好の機会だと思ったからだ.実際得るものも多く,自分自身の地球観が大幅に変化したわけではないが,適度な地球史観を養うことができた.私の地球観とは一体何だろうか.具体的な言葉で表すことは難しい.普段何気なく生活し,特に意識することもなく生きている.この当たり前の生活は全て地球の恩恵が根幹にあること忘れて….
私が今この世に存在していることも奇跡という表現がふさわしいだろう.いまさら一から述べるまでもないが,地球がこれほどまで豊かな星になったことは偶然の連続である.確率論で言ったら,宝くじで毎年一等賞が当たるようなものだ.いや,それ以上の確率だろう.偶然に偶然が積み重なり,私という生命体が今生きている.そう考えるだけでも凄い.いつもくだらないことで悩んでしまう自分を情けなく思う.
人類は地球存続のためには滅亡したほうが良い生命体なのかもしれない.人間は自分の思いどおりにならなければ気がすまないらしい.同族であるはずの人間を生きるためではなく,政治や経済といった地球史観で考慮すると実にくだらない理由で殺してしまう.自然は極限まで破壊し利用しつくしてしまい,やっとその愚かな行動を反省し始めたばかりだ.人間が地球上に存在する以上,人間以外のあらゆる生命体は生活しづらいだろう.
本当に神という絶対者がなんらかの形で地球上に存在しているのなら,地球のために人間を滅ぼしてしまうのではないか.私はこんなことを少しだけ考えながら,今日も地球の恩恵を特に意識することもなく暮らしている.
第一文学部1年 K.M.さん
私の地球観
私が全地球史Tの講義を受けて得たものは何だっただろうか.確かに知識として新たに私に入ってきたものは多くある.「マグマオーシャン」だとか,「スノーボールアース」などという用語はこの講義を通じて初めて知った.地球史に関する知識を私が多く獲得したことは実りあるものだろうと思う.ただ先生はこの課題でそうした私たちの知識に関するものよりも,もっと個別な一人一人の「地球観」について問われている.考えてみればそれこそ自覚するべきなのかもしれない.
オープン教育センター設置科目だけあって本講義を受けてきた人たちは多様で,私のように一見本講義からは縁遠そうな文学部の学生も大勢いたようである.専門にしているわけでもない私がこの授業を受け得た知識は専門家レベルの研究結果であり,私は単にそれらを受動的に本講義で伝え聞いた程度である.言うなれば私はこの講義で単に最新の「情報」を得たに過ぎないだろう.しかし先生は私の「地球観」について問われている.やはり考えるに重要なのは情報を得たことに満足することではないだろう.むしろ素人なりにも得たそのような情報が私の中で作用し,授業を受ける前とは異なった地球観を私に与えているということを意識し確認することである.そのように私の地球観を自覚することこそこの授業で得た最高の恵みになるだろう.
今回の授業で私は地球を見るときの視点の広がりが得られたと思う.例えば私が旅先にて実際に石灰岩台地を見たとき,私は授業で習った「二酸化炭素の循環システム」について思い出さずにはいられなかった.授業で得た知識の多くは地球史という非常にグローバルなものであったが,私が折に触れてこのように思いが巡るようになったのは明らかに授業を受けたあとのことである.私は,物事の見方というものにおいては,このようにグローバルな視点とローカルな視点(これは五感を通じての実感ということ)を統合することこそ本質的だと考えている.そう考えると私は地球に対する見方がグローバルな視点において豊かになったといえるのではないだろうか.もちろんそれは今後も喜びとともに実感される機会があるだろう.このような視点を手に入れたことは非常に大きい.授業を通じて思ったことだが,やはり地球について今回の授業のように学ぶことは地球に住むものの喜びであり,責務でもあろう.これ以上の特権は無いともいえる.もちろん授業で学んだことは抽象的知識であるのは間違いない.だが,逆にその知識を得てから私の中で,具体的に実物も見たいという要求の方がより刺激されているのである.これはよい傾向だと私は考えている.
−全地球史を学んでの素直な感想−
地球史を学ぶにつれて,その過程は一つの必然的な流れであることが分かった.しかしこの必然があることそれ自体は超自然的な感じがする.
第二文学部1年 K.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.ナレーションが英語だったこともあって,映像と映像の関連がいまいちつかめなかったのですが,言いたいことはわかったように思います.それは,最後の方の表現で何度も使われていた「HOME」という単語に表されていると思います.大気があり,海や山があって,人や動植物が住む地球.地震や火山や台風といった自然の激しさや,宇宙の中で隕石にさらされる,惑星としての地球.森林伐採や文明科学の夜光―思ったより世界の広範囲において,夜光が分布しているのに驚きました.そうした,様々な要因が複雑に絡み合っているのが地球.しかし,宇宙から見れば,この青い星はアフリカ人の故郷でもあり,アメリカ人のでも,日本人のふるさとでもあるということ.それこそ全生命のHOMEなのだと,このビデオは言いたかったのではないかと思いました.日常的な生活の中では遠く隔たっていると思うこと―国や文化の違い,自然と科学なども,宇宙から見れば共通項の中に収まってしまうというスケールの変化に,遠近感が歪み少々めまいを感じました.「時間のスケールのフレキシブルさをもとう」という話もでましたが,このビデオでは空間的なスケールのフレキシブルさを,まずは試されたように思いました.
3.正直なところ,自分が「地球」に対してどんな感情を抱いているのかはっきりしていません.これまでずっと,憧れに似たようなものがもやもやと沸いてくるだけでした.けれど,「地球」とそれを取り囲む宇宙への関心は,SFなどに流れつつも,途切れずに今に至っています.また,私がこうして地球のことを考えられるのは,宇宙から見た地球の映像があったというのも,見逃せない事実だと思います.丸くて青い地球の画を見たことがない時代の人とは,きっと,環境問題や戦争についての印象はずいぶんちがうのではないでしょうか.このことを考えると,もしかしたら,人間は変わったのかもしれないと思うようになりました.今までは,漠然とした地球への思いによって,こうした変化への予感の前にぼんやり立っているだけでした.けれど,この講義やテーマカレッジの話を知り,何もせずにぼんやりしているのではなくて,とにかく「知ってみよう」という気持ちになりました.この講義を終えたとき,いまより鮮明な地球の姿を自分の中に作り上げていられたら,と思っています.
私の地球観
全地球史Tの最終課題に取り組んでいる今,これまで私が抱いていた地球への憧れのような気持ちは,どこか作られた地球のイメージの上に成り立っていたのではないかと考えるようになりました.「環境を守らなければいけない.私たちが汚してしまった地球をきれいにしなければいけない.有限の地球を何とか存続させていかなければならない.地球は偉大なのだから敬意を示さなければならない.」そう言った言葉が無意識のうちに,慈しむべき,仰ぎ見るべき対象として,食物連鎖の輪のように人間を受け入れない地球像を作っていたように思います.加えて,地球儀や宇宙から送られてくる画像に見る地球は,きれいな円球をした美しい星です.それは高価な宝石のようで,是非とも大切にしたいと思わせるものでした.しかし,今回この授業を受けてみて私の中のそういった地球への思いは少しばかり形を変えてきました.
よく地球のことを「奇跡の星」と形容したりしますが,地球内のメカニズムは「奇跡」というよりは化学的,物理的に説明のつく必然性に満ちていました.地球は始まりの時点から,ひどく冷静に進化の過程を辿ってきたのです.微惑星が衝突して脱ガスを起こせば,原始惑星の重力に見合った大気が形成され,温度の高低と二酸化炭素や酸素の増減は密接な関係で結ばれていました.様々な事柄は,原因があって必然的な結果を引き起こすように見えました.
こうした必然の中で,最も重要な事柄に思えたことは,物質間の差違についてでした.特に温度の差違が一番大きな影響を持っているように思えました.地球誕生から現在までに起こった様々な変動の発端には,二つの空間の温度差が関係していたからです.例えば,極寒の宇宙空間と灼熱のマグマオーシャンの間で対流しながら徐々に地表に降りてきた原始大気中の水分や,大海ができたために起こった地殻外部と内部の温度差により始まったマントル対流などです.また,生命誕生の条件としても,化学的格差のある場が最も可能性が高いという話や,全球凍結という厳しい環境の変化が生物の多様性を促したことなども,すべて環境の差があったからだ,と言うことができそうです.このように,差を埋めようとする化学的・物理的反応のエネルギーが,地球を今のような環境に作ってきた原動力だったのだと思えました.
こうして全地球史を省みたとき,私は,以前ほど地球を守るべき存在だとは思わなくなりました.なぜなら,生命たちは,世界が作り出す差違の前には,科学的・物理的に平等だと思えたからです.かつて,シアノバクテリアの生命活動によって地球環境を一変させる事態が起こったことと,現在,私たちが再び二酸化炭素の量を増やしていることの間には,そんなに差があるとは思えませんでした.地球としては,酸素が増えた状態から二酸化炭素が増える時代へと,これまでと同じように周期運動しているだけなのかもしれないと思えました.
しかし,だからでしょうか,前よりもずっと「生命」というもののもっている力を尊敬したくなりました.私たちの体の中にあるDNAの記憶によれば,私たちは生命誕生の頃から続く生命の連鎖の先端にいることになります.環境のよかった時代も,氷河期のように生命活動がほとんど停止していた時代も,ずっと生き抜いてきた力強い生命の子孫として,私がいるということはとても意義のあることに思えました.こうして考えてみると,これだけの変動を経験してきた地球の中で,私たち生命が根絶やしにならなかったことこそが,奇跡だと思えました.
全地球史の授業を受けて,私は,人類は地球のがん細胞などではなく,地球にとっても人類を異物と見なすだけの主体的な目的があるわけではないという,人類を含んで完全であるという地球像に近づけたように思います.こうした地球観にたどりつくことで,「しなければいけない」という義務感から開放され,地球や人類の動向について,客観的な分析を行うことや,主体的な関わりのための冷静さを得られたのではないかと思います.
第二文学部1年 M.A.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.地球は生きているということだったが,始まりと終わりがあるものを‘生‘と呼ぶのなら,宇宙や他の惑星も生をもっていて,しかしそれらを生命体とよぶのは少し抵抗がある.地球上の表面にどんな現象がおきていようと,どんなにたくさんの生命体がいようとも地球は太陽系の惑星のひとつにすぎないのに,地球がこんなに生きているようにみえるのはなぜだろうとおもった.
3.もし私が地球であったならば,私の身にいままでなにが起こって,なにをしてきたのだろうか,という疑問に答えをさがすため履修.
私の地球観
地球に46億年という歴史があるということは,地球を概念化させてしまった.(少なくとも今の私には).これまで学んできた地球と,今私が住んでいて目に見える場所が同じとは思えない.地球のことを知れば,地球を好きになるわけではなかったし,地球が生きているのかもわからなくなった.地球の上に立っているような気がするけど,あの空も地球の一部だろう.例えば,木だとか,海だとか,洞窟だとか,動物だとかそういうの一つ一つを地球と呼ぶことはできないし,惑星としての一つの全体を地球としてよぶのなら,地球の中にいる私には何かを通さずには,地球の姿を見ることはできないのではないだろうか.そして例えば,地層や化石を調べてみたり,遠い銀河を観察したり,衛星から地球の写真を撮ったりする.でもそんなものを通してしまって見える地球は少し胡散臭い.地球はよくわからない.そして,すごい!そして私が住んでいる場所.
法学部2年 O.T.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.地球やNASAといって想像されることといえば,「美しい」「青い水の惑星」など断片的ないい面のことが多い.宇宙という枠で地球を考える時自分達の住んでいる星というより,別の星のような第3者的な目で見てしまいがちである.しかし,今回見たVTRは環境問題や自然災害,野生動物に人間の生活を宇宙から見た地球の映像におりまぜてある事により「私たちの星」というリアリティーがあったと思う.暴風や雷などをこのような形でみると,改めて人間には逆らえない圧倒的な力強さを感じ,プレートが動いていることや土地の隆起同様,地球も生きているんだという印象を受けた.今回の授業の中で1番印象深かったのは,レジュメに載っていた「自分が地球外天体からきた生命起源でなければ,自分自身の生命活動は途絶えることなく約40億年間継続してきた結果である」という話だ.何せ46億年という考えられないような膨大な連続した時が流れているのだから,生命の連続性を実感させられ,地球がより壮大なものに感じられた.断片的な他の世界のような映像がざぁーっと川の流れのようにつながった気分だった.そして何故か何かの本で読んだ「人間はエコだ,リサイクルだ,地球保護だといっているが,本当に地球のことを考えるのならば人間が地球上からいなくなるほかない」という話がふと思い出された.また同時に「only home」という言葉も.
3.小さい頃から宇宙・惑星・星といった類がなんとなく好きだった.星座の名前もよく覚えていた気がする.どうして好きかは自分でもよく分からないが壮大さや神秘性に引かれていたのかもしれない.これらのものは,中学・高校になってもやはり好きで理科も地学を専攻した.この流れで,今回この講義を履修した.この講義では今までのようなほんとに表面的な話とは違った宇宙や惑星の新しい話を聞けたらいいなと思う.
私の地球観
私の中で「地球」といって想像されることといえば,美しい青い水の惑星といった断片的な面がほとんどだった.地球を考える時,自分達の住んでいる星というよりも映画か何かの中の世界・惑星のような他人の目で見てしまいがちである.しかし,この授業を通して,地球というものがより身近にリアリティーをもって感じることができるようになったと思う.先日ホルンフェルスの名所のようなところに行く機会があった.以前なら単なる岩壁でおわっていたものに対し不思議と親しみが生まれ,地球の存在と膨大な地球の歴史を強く感じた.
今の地球が存在するのは単なる偶然だけではすまされないことや複雑に連鎖するシステムが働いた結果うまれた惑星であることを強く実感した.当たり前と思っていたことが,当たり前と簡単に言い切ることができなくなった.身近な存在であり必要不可欠な水が何処からきたのか,今私の周りに酸素があって呼吸していること,そして私たち人間,いや生命がここにあること.当然と思って考えもしなかったことに今はすごく重みを感じてしまう.『自分が地球外天体からきた生命起源でなければ,自分自身の生命活動は途絶えることなく約40億年間継続してきた結果である』という言葉は,この授業で強く残った言葉の1つである.何せ46億年という,考えられないような膨大な連続した時が流れている.また全球凍結時さえも乗り切った生命に強さと連続性を実感せざるをえない.
この授業で得た地球観というと,「連続性」「壮大さ」「絡み合った複雑なシステム」である.断片的かつ客観的だった映像や知識が,ざぁーっと川が流れていくようにつながった気分だ.そして地球のスケールの大きさ.宇宙からみたら小さな惑星の1つに過ぎないかもしれない.それでも,やはり「地球は大きい」の一言につきる.物質的な大きさだけの話ではなく.最後にレポートをまとめていて感じた地球の歴史の複雑さ.これほどまでに重い歴史はないのではないか.仮に太陽からの距離がほんのわずかずれていたら我々はここにないのだ.太陽からの距離だけの話ではない.他のちょっとしたことでも起きなかったら,もしくは起きていたら…今の地球は存在しない.過去に起きた全てのことが現在の地球を構成するための重要な要因だ.地球システムは機械仕掛けの時計のようなもので,歯車が1つなかったり,外れたりしたら動きが止まってしまう.ある作用が起きて,その結果が原因となって別の作用が引き起こされて……というように連鎖している.地球や地球環境,自然…すべてに意味があるように感じるようになった.
第一文学部1年 O.N.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.私は,この地球に生まれた自分たちの生命をとても愛しく感じました.自分が今ここに生きていて,こうしてレポートを書いていること自体が不思議で,まさに奇跡だと思い,とても嬉しいです.東京に来て,見渡す限りの人波を前にした時や,日常の忙しさに流されていると見失いやすいけれど,SMAPの歌の通り,私たちはみんな本当に奇跡のオンリーワンなのだと思いました.そんな奇跡の生命を宿し,自らも生きている地球に魅力と不思議さを感じ,地球について,生命について,もっともっと知りたいと願います.
3.私は文系ながら自然がとても好きで,自然科学にもとても興味があり,高校時は地学班に所属し,天体観測合宿や岩石薄片作り,化石採集など多彩な活動をしていました.また,高校で2年間地学を履修していたこともあり,今もっている知識をより深め,自分の中で関連付けたいと思ってこの講義をとりました.自然を学ぶことを通して,自分自身,人間(の生命)について知りたいのです.
私の地球観
私は以前から,自分の生きているこの世界,地球に働く大きな力を感じて感動していました.それはたとえば,大気の大循環やエネルギーの循環などです.風に触れては大きなスケールで流動する大気を感じ,降り注ぐ夏の太陽の日差しを受けては地球におけるエネルギー収支を思いました.
また,星や鉱物の美しさ,化石の経てきた時間,などなど,周りには不思議で興味をそそるものがたくさんありました.そういった感動はまた,中学や高校で知識を得るにつれ,ますますおおきくなっていきました.もっと知識を得たい,自然科学に触れていたい,今までの知識をもっと深めたいと思った私に,全地球史の講義はとても興味深かったです.たとえば,アランヒルズの隕石やスノーボールアースなどの興味深い話題や先端の地球科学の研究などを知ったことは私にとって刺激であり,面白かったです.負のフィードバックなどにより,環境が変動しても元に戻す機構を地球がもっていることなど,地球のすごい部分を新たに感じられたことも収穫でした.
授業を通して,地球が,有機的に絡まった様々な機構を持つ生きた星であることが鮮やかに感じられました.この,私のうちにある,鮮やかな思いこそが,私の得た,新しい地球観です.ありがとうございました.
法学部4年 M.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.第一回目の授業で,イントロダクション的なはずでしたが,私にとってはとてもスケールの大きな授業になるのではないかと予感させるものでした.それは,身近な存在なはずの地球が,ビデオ「 Blue Planet」をみて,改めて自分が地球について何も知らないんだと痛感させられたからかもしれません.いろいろな場所があるとは知っているものの,地球にはたくさんの顔があるのだなぁと思いました.46億年前に遡るわけですから最初はやはり圧倒されてしまいそうですが,レジュメにあったように,「歴史の時間スケールをフレキシブルに」捉えていきたいと思います.
3.地球に関する一番最初の驚きは,地球の外側に人間が住んでいることでした.幼い頃,人間は地球の内側に住んでいてその中に太陽や月があるものだと信じ,ドラえもんがエンディング曲にあわせ地球の外側を歩いている映像を見て,初めてそうではないということを知ったのです.それでも,写真で見るように,宇宙に地球が浮かんでいたりするのを不思議で仕様がなく,隕石がぶつかって地球が誕生したなどと聞いてもどうしてもピンときませんでした.また,宇宙には銀河系のようなものがいくつもあるだの,ブラックホールなんてものがあるだの・・・考えると「なんなんだ一体」と思ってしまいます.謎を解くべく,高校で地学を選択するも,一人ということで授業は廃止されやっと,今回学べることがとてもうれしいです!よろしくお願いいたします.高校の頃,地学を選択したのが一人で履修できなかったため,この授業が取れてとてもうれしいです.
私の地球観
私達は通常,人間の作った歴史については,よく教育を受けてきたように思う.化石の発掘調査による,骨盤の形と足跡化石から直立二足歩行をしていた世界最古の人類の発見にはじまり,農耕社会,産業革命,戦争,と現代に至るまでそれでもおよそ500万年に渡るであろう歴史はよく勉強してきたように思う.しかし,固体地球そのものはどうであろうか.おざなりにされていないであろうか.今,高校の授業では地学はなくなったと聞く.(自分も高校の頃,選択者が一人という事で,地学の選択ができなかったほろ苦い経験がある.)
地球誕生からおよそ45億年といわれる.人類という唯一歴史観をもった生物が現れるに至るまでには,多くの劇的な環境変化があった.
この授業を経て,思う事は,人類がいや生物が,いかに受け身的な存在であったかという事である.偏ったマイナスの視点からの発想であろう.
環境の変化により生物は絶滅し誕生し,結果人類はいま存在しているわけである.今私達人類は,みずからを含めた生命と地球の未来をどうして行くかを考えていく時期に来ているように思う.地球自体をもっと知る必要があるように思う.
この授業は,時空を超えたダイナミックなもののように感じた.法律は事実の解釈であり絶対的事実ではない.地球科学も,実際に体験したわけではないのであるからそいうい意味においては,絶対的事実ではないかもしれないが,事実であろうと思われることを立証していくための事実の発見等がとても新鮮に見えた.
しかし,課されている期待が大きいようにも感じた.自分の中で消化できない部分が後半になると大分あったように思う.(このレポート作成にかなり手間取ってしまう結果になるのであった…)是非,通年の授業にして欲しいと思う.半年間ありがとうございました.
法学部4年 I.K.さん
私の地球観
『全地球史T』の授業を一通り受けてみて一番に興味深かった事は地球環境の素晴らしいメカニズムです.この授業を受ける以前は地球の表面的な歴史しか知らず,それほど深く考えずに現在の地球を当たり前のように受け止めていた私はこのメカニズムに対しては驚嘆の一言でした.地球という惑星の誕生,大気・海洋の形成,そして生命の出現と言う過程の中で,現在の地球が存在するためにクリアしなければならない条件はとても厳しいものであったと思います.太陽からの距離が最適だったという偶然がとても大きな意味を持ったのは当然ですが,そこからの地球システムのまるで生きているような挙動にはただただ感心するばかりでした.毎週の課題の中でも書いたような気もしますが,ガイア理論と言う考え方に興味を持ったのも事実です.
次はやはり『水』の存在の大きさでしょうか.水が気体,液体,固体の3つの状態で存在できる惑星であること・・・地球のこの重要な特徴が豊かな自然を形作り,また我々の今の生活を支えているのだと思います.我々に欠かせないものとしての『水』が海洋を形成しただけでなく,大気の形成にも大きく関わっていたことはとても興味深いことでした.
現在の地球は自然破壊が進んでいます.水質汚染もその例外でなく,このままだと20年後には人間が使うことの出来る水は地球上の水の3分の2になってしまうという話を聞きました.現在の地球を育ててきたといっても過言ではないこの『水』の貴重さを再確認できたのが良かったと思います.そして,自分の地球観に一石を投じたこの授業はとても有意義だったと感じています.
第一文学部1年 O.Y.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.「学生一人ひとりの問題意識が大切であり,授業は学生と先生とがつくっていくものだ」という言葉を聞き,快い緊張感と,自分次第でかなり充実した授業を味わえるのだという大きな期待感を持ちました.「Blue Planet」では,私たちは自然災害レベルでさえ無力である一方で,宇宙から見てもわかる変化をもたらす力を持ってしまっていることを,実際の映像により痛感しました.先生のおっしゃるように,46億年間の多くの偶然によって今があるならば,人間が何も考えずに地球環境を変え46年の成果を消すことは,すべきではない以前に,ただただもったいなく恐れ多いことなのだと感じています.
3.恩師から「これからは文系でも理系のことを知らなくてはだめだ」と言われたことと,いろいろな分野に興味だけはもっていたことがあって,この講座を履修しました.この「全地球史」では,理系のこともわかっているという自己満足にとどまらないで,いろいろな分野に触れたうえで得られるような,いままでなかった「物事を見る眼」を養いたいと考えています.
私の地球観
約4ヶ月間にわたって地球史を学んできましたが、この授業で得た「地球観」を一言で表すなら、「大きくなおかつミクロな地球観」でしょうか。以前の私であれば、「地球史」といわれて思いつくのは、生命の進化、恐竜の繁栄と絶滅、人類の誕生と進化、といったところでしょう。今振り返ってみると、実に何も知らず、かつ生命周辺にしか興味がなかったのだとわかります。というよりも、自分の視点がそのような領域に限られていることさえも気づいていませんでした。今の私の地球観・地球史に対する興味の重点は、むしろ生命がかかわる以前の地球での出来事に向いています。それはH2O、O2,CO2・・・などのミクロの視点での反応をはじめ、それが作り出した地球規模の変化までを授業で学ぶことができたからです。
そしてもう1つ、今の自分が思いのほか冷静である、という発見があります。当初、4か月後には自分は熱烈な地球愛護者になるのだろうな、と思っていたのですが、そうでもありません。うまく表現できませんが、もちろん地球は好きになったけれども、地球をいとおしく思うというより、地球史の尽きない興味に魅かれるのです。
この課題はまとめ終わったものの、実はいろいろ知りたいことがでてきてしまいました。今一番知りたいことは、ビックバンに関することです。習っても疑問が次々出てきて先が見えなかったけれども、これが学問なのか、と自分で勝手に実感できる、四ヶ月間でした。毎回大量のレジュメを発行しレポートを読んでくださる先生があったからこそ、この授業があるのだと思います。これからも地球を学問し続けられたらいいなと思っています。
教育学部3年 N.K.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.ハリケーンや氷河等,人間の力ではどうしようもない程の地球の力強さを感じた一方で,月(宇宙)から見た地球は暗黒の宇宙空間の中,唯一青く美しかったです.ハリケーン等も宇宙から見れば,地球表面で起きていることに過ぎず,人間の小ささを感じました.そして,この地球という生命の星が,いつまでも青く美しくあるために,みんなが地球に対する理解を深め,また協力していく必要があると思います.なぜなら,ビデオ中の印象的なフレーズである,地球がonly homeだからです.本当のグローバル化というのは地球科学から始まるのではないか,とさえ思ってしまいました.
3.僕は地球科学専修なので今まで専門分野として地球科学に触れてきましたが,オープン科目として全学部生を対象にした地球科学の授業というのに興味を持ったからです.そして,普段とは違う角度から地球に対する理解を深めていきたいと思ったのが動機です.
私の地球観
僕は専修が地球科学ということもあり,全地球史Tを受講する前まで地球を全く意識していなかったということはないが(とは言っても,それまでは地球科学的な内容のテレビ番組を見たり,新聞の記事を読んだりするくらいのものだったが),地球観は変わったと思う.例えば,今年の夏は例年より寒いと様々なメディアで毎日のように耳にするが,時々そのことを地球的規模で考えるようになった.10℃未満の温度の違いで生物は大変な影響を受けるが,地球の長い歴史からみればゼロに等しい変化である.このように今までとは違った視点で現在の自然現象を考えることで,地球のダイナミックさにロマンを感じるようになった.加えて,授業中に見たビデオ中にあった「地球はonly home」というフレーズが印象的だったということもあり,地球人としての意識も持つようになった.今現在世界各地ではテロや国家間での争いなどが絶えず起こっているが,長い地球の歴史からすればたった一瞬の出来事ではある.しかし,地球環境は急激な産業化で変化し続け,温暖化やオゾン層の破壊など問題は深刻で生物に与える影響は大きい.環境が悪くなれば結局自分達人間自身,いや生物全体にはね返ってくる訳だから人間同士で争うことなどせずに,人間同士が協力し合い環境を改善し,住み良い地球を目指すべきだろうと思うがそうはいかないのが現実なのだろう.そこには(あくまで人間の)生活水準の進歩に反比例して複雑化していく国際社会の難しさがあるが,改めて感じたことは科学には国境や思想の違いのように人間を区分する隔たりがないということだ.科学のテーマは常に人間共通のテーマだと僕は思う.だから,物理や化学などよりも,より身近に感じることのできる地球科学において,皆がより協力し合うことができるはずではないだろうか.全ての生物は,元を辿ればはるか約40億年前の海中で誕生した1つのバクテリアである.すなわち僕たちは1つだったのである.だから生きとし生けるもの同士程よく共存し,この地球を大切にしていければ素晴らしいと思うのだ.もしかしたら,遠い未来には巨大隕石の衝突,あるいは氷河期がおとずれることなどによって人類が滅亡するかもしれない.(人間同士の争いによって滅亡することだけは避けたいと願う.)そして,その一大転換期を乗り越えた何種類かの生物は多様化し,再び生命溢れる星に戻るのだろう.人類がそれらの一大変動を乗り越えることができたとしても,やがて必ず地球はその一生を終えることになる.人類が築き上げた文明がやがては必ず無くなるということを思うと,諸行無常というか切なさや儚さ,恐ろしさを感じずにはいられない.しかし,だからこそ,今ある地球を大切に,平和に過ごせれば良いのではないだろうか.僕は,この全地球史Tを受講することで今までに記した地球観の他に,長い地球史からみてほんの一瞬で発生し,一瞬で地球上に広がり,一瞬で地球環境に影響を与え,地球を飛び出すまでに文明を発達させた人間という生物の力強さに感動した.地球に対して改めて考える機会も与えてくれたこの授業をとって良かったと思う.
商学部1年 W.K.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.英語がわからなかったので何を言っているのかわからなかったけど,地球ってダイナミックだなあっと,改めて思いました.宇宙から見た地球の映像もそうですが,何倍速かで雲の移り変わりや雷,稲妻の様子がわかる映像はすごかったです.地球の営みみたいな,日常の人間の時間空間の感覚ではわからない雄大さを感じました.面白かったです.
3.たくさんの宇宙,地球,自然のありのままの姿や現象の映像を見てみたいです.
私の地球観
受講前は,単に地球のビデオなどを見たいという気持ちだけでしたが,受講後は,もっと科学的に地球を考えられる視点がついたと思います.そして,最終課題に取り組んでいて,やはり,地球・宇宙・生命の神秘に見せられている自分を感じました.偶然なのか,はたまた必然なのか.不思議です.これが,生命を考えることだと思いました.水にしても,水は世界の起源であり哲学の起源である,というような言葉を知り,ますます取り付かれた感じです.
今回の一連の授業は,世界観・宇宙観を変えたと思います,そして,あらためて母なる地球に住んでいるとも感じるようになりました.ありがとうございました.
第二文学部1年 K.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.自然との共存ということに対して,今まで自分なりに考えてきたつもりでしたが,それは,人間にとって都合のいいように考えた偽善的なものにすぎず,自分がこんなにも人間至上主義的な考えに支配されていたことに気付かされ,驚きました.宇宙から見た地球はほとんどが海に覆われていて,陸地はわずかしかなく,人間はその中に生息する生物のごく一部であると考えると,人間が地球を支配しているなどという考えは,あまりにも傲慢であると思いました.そして,その奢った考えによって,人間の利便性ばかりを追求した結果,自然破壊につながっているのです.地球の46億年の歴史からすれば,人類の誕生から現在に至るまでの時間は瞬くほどであるのに,その人間が地球を破壊しようとしているという事実を再認識する必要があると思います.しかし,衝撃を受けたと同時に,地球の神秘的な魅力に非常に興味が湧いたのも事実です.宇宙に存在する銀河系の中のひとつの太陽系,そのまたひとつの星である地球に人類が誕生したことがとても不思議なことに思えます.その地球の歴史を学ぶ,これからの授業も楽しみです.
3.以前から漠然とではありますが,地球の歴史について知りたいと思っていました.しかし,大学の文学部に自然科学系の科目はないのではないか,と半ばあきらめていました.なので,オープン科目でこの授業を知ったときに,この授業を取ろうと即決断しました
私の地球観
地球史には昔から興味があったのですが,非常に漠然としたものであったので,本格的な学習をしたのは今回が初めてでした.まず,地球が現在のように生命が大繁栄する惑星となったのは,まさに奇跡と呼ぶべき偶然が重なり合ってできたという事実に非常に衝撃を受けました.中でも,スノーボールアース説というものを初めて知り,これが繰り返し起こったその中で生き続けた生物の生命力に驚きました.また,当初,生物にとって酸素は有害物質であったにもかかわらず,それを有用物質に変えた適応能力など,今地球に自分が存在していることがとても不思議に思えます.微惑星の衝突によって生まれた原始地球,マグマオーシャン,原始海洋の誕生,など気の遠くなるような年月を経て現在のような地球になり,人類の誕生から現在に至るまではほんの瞬く間にすぎないと思うと,自分の存在がとてもちっぽけなものに思えます.しかし,地球史のなかでも,海洋の出現というのは様々な事柄と連動しており,やはり非常に大事な存在であるということを感じさせられます.この授業を受けてみてますます興味が湧いたので,引き続き学習していきたいと思います.
商学部1年 O.M.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.当然のことであるが,ビデオを見て様々な地球の変化や自然現象,人間が引き起こした環境破壊がすべて1つの地球上で起こっているということを改めて感じた.先生が言った通りアメリカ・イギリス軍のイラク侵攻も日本の国外で起こっていることというより,同じ地球の中で起こっていることである.見方を変えれば,人間が地球の土地,環境を破壊していることと同じである.また,宇宙からも見えるハリケーンや稲妻など自然の強大さとそれに対する人間の無力さなども感じた.ビデオ「Blue Planet」で現在の地球の姿である,人間と自然が共生できていない様子を知ることができたと思う.(全部英語なのがつらかったですが.)また第一回目から先生の地球に関してみんなに知ってもらいたいことを授業を通して伝えようという思いが伝わってきた.
3.ビデオの中で生活のために焼畑している映像があったが,人間は生活する上で必ず何らかの影響を自然に及ぼす.もちろんこれはその国の経済発展のレベルで異なるが,先進国本位でないすべての国が納得する形でこの影響を最小限にとどめ,自然とうまく共生していく方法を考えていきたい.この授業では履修動機にも書いたように現在の経済と地球環境問題の関係や,人類との関係など様々な視点から地球が長時間かけて現在のようにつくり上げられてきた歴史をみていきたいと思う.
私の地球観
私は初めこの授業を,昔から宇宙とか地球に興味があり,高校の地学の学習をもっと深めてみたいという気持ちから受講した.そのため自分の「地球観」というものが変化するとは思っていなかった.しかし今ははっきりそれが変化したと言えると思う.
私は以前までは,地球は完全に奇跡の星であり,そのため現在の地球環境へのプロセスもほとんど謎のままであるのだろうと思っていた.しかしこの授業を通して,いくつかの説は存在したとしても,プロセスのかなりの部分の研究が証拠とともに進められているということが分かった.(とはいっても全体から見ればごく一部であるのだろうと思うが.)特に私が驚かされたのは,そのプロセスがまったくの偶然というより,必然的な要素を含んでいるということである.それは水惑星である地球の根本的な,海洋の誕生からしてその要素を含んでいるのではないだろうか.そしてまた火星・金星が地球のような水惑星になり得なかったことも必然的要素を含んでいるのではないだろうか.少し極論にも思えるかもしれないが,私はこういうことによって,カスティングらが述べた地球が気候学的にきわめて特別な星であるわけではないということを理解した.また,一方で私たちにとっての地球は1つであるということを実感した.つまり地球は多くの国によって別れているのではなく,生命全体にとって1つであるという意識である.以前,先生がアメリカ・イギリスのイラク攻撃も同じ1つの地球上で起こっていることであるとおっしゃっていたが,まさにその意識が私には欠けつつあったように思える.これからは地球環境問題に限らず,政治的な問題についてもこの意識を持ちつつみていこうと思う.
前期の間だけであったがこの授業は毎回学ぶことが多くとても充実していたと思う.内容だけでなく,私は学生の質問をみんなで共有できることやインターネットでの学習システムなど授業形式も学習がとても深まりよかったと思う.またスノーボールアース説のような最新の研究を取り入れてくださったことで,理解の深まりに限らず,現在急速に研究が進んでいる地球科学の世界にかなり関心が持てたと思う.このように授業を通して地球を知ることだけにとどまらず,多くのことを学ぶことができました.本当にありがとうございました.
第二文学部3年 O.R.さん
第1回目の感想と授業への期待
2.単純に宇宙から地球を見てみたい,そして,地球の圧倒的な景観の美しさを感じてみたい,と思いました.その時,私の地球に奉仕したいという決心がますます固まるのを,目に見えて想像できたからです.自分の家につばを吐き,ごみを蓄積させ,爆破させる人がいるでしょうか?何故私たちは,皆が地球という限界を知っているのにまるで無視するかのように人間の傍若無人ぶりをほうっといているのでしょうか?Only our houseとは聞き慣れたセリフではあるかもしれませんが,まさにその一言が一番大切なのであって,聞くだけでなく,深くその意味の重要性を考える必要があると思いました.誰もが綺麗で安全な家に住みたいに決まっているはずなのです.そしてourとはもちろん人間だけでなく,他の動物や植物も含まれているはずです.
3.言うまでもなく,歴史を学ぶことはとても重要です.小学校から大学までどんな所でも必ず歴史を習います.しかし私は,ここでいう歴史とは人類史のことを指しているのだと思います.何十万年か前に人類の祖先が現れて,それからの歴史,特に紀元後からの歴史が主な勉強内容です.もちろんそれは,先人の過ちを犯さないためにも最優先に学ぶべきことなのですが,私は他にももっと学ぶべき大切な歴史が多々あると思います.生物がどのように進化してきたのか?地球はどのように変化してきたのか?そういう歴史を学ぶと人類史を見ていただけでは気づかないことに気づけます.避けることのできない絶望的な天変地異や,進化の奇跡について考えると,人類がこれから歩むべき道が自然に照らし出せれそうな気もします.人間が自分本位を反省し,地球の長い歴史の中でほんの小さな現象でしかない自分たちの行動を省みるとき,大きく成長できるのではないかと思います.この講義には地球の不思議と,大きさと,美しさに胸を打たれ,黙々と大事なことを考える契機を求めています.
私の地球観
受講前,私は地球の構造について,「プレートが動いている」というぐらいにしか知りませんでした.歴史についても紀元前後二千年の範囲内でしかほとんど知りませんでした.しかし,私が今最も重点を置いて勉強している思想・宗教を独自性のある方向でより深く学ぶためには,地球と人類,生命がどのように進化してきたかを知る必要があると考え,受講しました.
全地球史ではそういった期待を上回る知識をつけられたと思います.例えば,当たり前のことですが,全地球史の中で人類が登場してから今までの期間は,ほんの一瞬であり,むしろ地球は他の生命が住み,作り続けてきた世界であることを改めた再実感しました.特に珊瑚虫が,生命体が作る最大の構築物をつくり,地球環境をより生命が住みやすく変えたことには驚き,感動しました.他の生命が生存しにくい環境を作り,多少の衝撃で壊れてしまうものしか作れない人間の,どこがすごいのか?とさえ思ってしまいました.また生命体が,オゾン層という陸上で暮らす生命に欠かせないバリアーを作ったことや,全地球氷結を含めた,あらゆる危難を乗り越えてきたことなどを知って,他の生命体に対して尊敬の念を覚えるようになりました.
そして,地球が人間の想像を超えるとてつもないパワーで進化し続け,今もその途中であることを知りました.私はそのことから,地球に育てられながらも,常に対抗し続けるのが生命体の役割なのではないか,と考えるようになりました.特に知識を持った人類の役目は大きいと思います.氷河期,地殻変動,隕石衝突など生命体を絶滅させてしまうような事件は決して終わったわけではありませんし,人間が正確に予測できるようなことではありません.来るべき危機,審判のときに備えて,生き延びられるようにするのが,生命体にして唯一,死を認識した人類の役目なのではないでしょうか?個人的な意見ですが,最後の氷河期が終わった1万2千年前,というあらゆる古代文明に関係する時期に,いろいろな形で残された警告を,そろそろ人類は真剣に考えるべきなのではないでしょうか.そして人類だけでなく,はるか昔,人類とは他の道,他の生き方を選んだに過ぎない,同じ祖先を持った兄弟である他の動物と共存し,生かすことが大事だと思いました.
前から思っていたことですが,私は神が何者であるかを考えるなら,地球であると思うし,そういう宗教があったなら決して間違った方向には行かないのではないかと思うのです.天地を創造し,生命体を生み,時に怒り,時に優しい.莫大なパワーを持ち,全能である.あらゆる物質は最終的に地球の核(天国)へ帰っていく.また,神である地球に唾を吐くなんてもってのほかであるし,ごみを放置するのも許されない.核実験で地球に穴をあけるなんて文字通り神をも恐れぬ悪逆非道な行為である,などなど.私はそういった地球観を改めて信じるようになり,もっ